「嫌い」という感情の話

皆さんの嫌いなものはなんでしょうか?
 

 感情を持った人間には必ず好き嫌いが存在します。
そして嫌いなものに直面したとき、人間は無意識的に感情や本能を沈めようとする働きが起きます。
その働きは人によって多種多様です。
皆さんの周りにこんな人はいないでしょうか?

言い訳をして誤魔化す、先制攻撃を仕掛ける、物に当たる、
空想に逃げ込む、とにかく我慢する、ごね通す、妙に他人行儀だ、
なんだかわからないがとにかく嫌、アイドルが大好き、などなど

 これらはすべて「防衛機制」といい、無意識に嫌いなものから自身を守ろうとする働きなのです。
これらの事例を見た人の中には「こんなことする人嫌いだ」と感じているかもしれません。
その瞬間にも、防衛機制は働いているのです。
 

 大前提として、「嫌い」という感情は悪ではありません。
「嫌いなものをなくせ」という事は、「自我を放棄せよ」と言っているのと同じでそれはもはや人ではありません。
(嫌いなことを極端に貶すなどして他者に危害が及ぶことは悪といえるでしょうが)
先に述べましたが、防衛機制が働くということは「その人にとっては危険なものである」と言えます。
嫌いな食べ物があるのは、生まれて初めて食べた時にお腹を壊した記憶があるから、
嫌いな人がいるのはその昔似たような人に関して苦い思い出があるからではないでしょうか?

つまり嫌いという感情は、当人にとっての危険のサインなのです。
日本では自己主張が忌避される傾向にあり、特に嫌いなことを口にするのは容易ではないと考えます。
しかし嫌いなものがわかればその人に対して気遣いや思いやるきっかけになるのではと考え、
私はむしろ嫌いな感情はもっとアピールすべきではと考えています。

ただし、だからといって罵倒したり全否定するといった行為にならないようには考慮せねばなりません。
 

ちなみに私は、この話をスピーチしましたが、スピーチ自体が嫌いなのです。(苦笑)

好きなもの、嫌いなもの