ニュースは消耗品?

皆様こんにちは。本日は「最近気になった事」と題してお話させていただきます。私の気になる事は「ニュースそのもの」です。それは報道の内容の事ではなく、「マスコミやインターネットが提供している情報は中立、正確、客観において正当があるのか」ということです。
ジャーナリズム(一般的には時事に関する報道および批評解説)などという言葉を聴くとまるでマスコミは正義のために働いているように思いがちですが、最終的に報道の目的はお金儲けです。つまり情報における価値とはわれわれ読者がお金を払ってでも読みたいと感じる事であり、中立、正確、客観性は必ず含まれているわけではありません。昨今の報道を鑑みると、モリとカケの話(蕎麦屋かな?)、誰が逮捕されて誰が殺され、某国の書記長は大統領と会談するのかといった具合です。可能ならばこれらの報道をどういった点で正当さを欠いているかを解説するべきなのですが今回はこれらの報道に共通してみられる傾向だけに留めます。これらのニュースはいわゆるゴシップ(スキャンダル)であり、流行に乗じて大規模拡散させる(ことで瞬時に売上を得る)のが目的となっています。またこれらの報道では私達は当事者ではありません。これらの事柄に対し私達は直接影響を与える事はなく、またこれらの報道を受けて私達が自身の利害の為に行動する事もほぼありません。それはもはや世間話のネタとして消費する以上の価値は無く、もはやそれは報道が「情報」ではなく娯楽や流行に乗じた「消耗品」に成り下がっていると言えます。

私は「ニュースも知らないなんて世間知らずだね」だとか「新聞を読まなきゃ賢くなれない」などと言われたことがありますが、「報道が消耗品に成り下がっている」と考えると、それは「ニュースを消費して自分は何でも知っている気になって優越しているだけなんだな」と感じると思います。そして真実というのは自分自身で証明するしかなく、それによって得られた情報こそが正しく価値のある情報であると考えます。